日本は環太平洋地震帯に位置し、複数のプレートが衝突して沈み込んでいるため、世界でも有数の地震活動が活発な地域です。世界の地震の約2割が日本周辺で発生しており、過去から現在に至るまで多くの大地震が発生し、甚大な被害をもたらしてきました 1。本セクションでは、日本の地震活動の背景を理解するため、地震の主要なタイプとメカニズムについて簡潔に説明し、震度6以上の地震の発生頻度と長期的な傾向を概説します。
日本で発生する地震は、主に以下の3つのタイプに分類されます 。
プレート境界型地震(海溝型地震) 海洋プレート(太平洋プレートやフィリピン海プレートなど)が陸のプレートの下に沈み込む際に、プレート境界が固着してひずみが蓄積され、このひずみが限界に達すると、陸側のプレートが跳ね上がって地震が発生します 。このタイプの地震はしばしばマグニチュード8クラスの巨大地震となり、津波を伴うことが多いです 。2011年の東北地方太平洋沖地震や、2025年12月8日の青森県東方沖の地震などがこのタイプに該当します 2。
プレート内地震 プレートの内部で大規模な断層運動が起こることで発生する地震です 1。海洋プレートが沈み込む深部や、陸のプレート内部で発生します 3。昭和三陸地震や釧路沖地震、北海道東方沖地震などがこれに分類されます 。
内陸部の活断層を震源とする地震(陸域の浅い地震) 陸域の浅い場所(深さ約20kmより浅い所)で発生し、過去に繰り返し活動し、将来も地震を起こすと想定される「活断層」が原因となる地震です 。震源が地表に近いため、マグニチュードが小さくても局所的に非常に強い揺れとなり、甚大な被害をもたらすことがあります 。濃尾地震、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、熊本地震などが代表的な例です 。
日本における震度6以上の地震の発生には、以下のようないくつかの傾向が見られます。
長期的な活動期と静穏期: 歴史的に、大地震の発生には活動期と静穏期が繰り返される傾向があります。特に、南海トラフ沿いの巨大地震は、おおむね100年から150年の間隔で発生しており、今世紀前半での発生が懸念されています 1。
近年の大都市直下型地震の懸念: 1995年の兵庫県南部地震は、活断層型の地震が都市直下で発生した場合の甚大な被害を顕在化させました 4。南関東では、数百年間隔で発生する関東大震災クラスの地震の間に、マグニチュード7クラスの直下型地震が数回発生するとされており、大都市直下での発生が懸念されています 1。活断層型の地震は震源が地表に近いため、マグニチュードが小さくても大きな被害をもたらすことがあります 4。
東日本大震災後の活動: 2011年の東日本大震災(マグニチュード9.0、最大震度7)以降、東北地方の太平洋沖では、余震活動としてマグニチュード7クラスの地震が複数回発生しており、その一部では震度6強を観測しています 5。これは巨大地震が広範囲に影響を及ぼすことを示しています。
後発地震注意情報の運用: 2022年12月より「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用が開始されました 2。これは、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の震源域内でマグニチュード7以上の地震が起きた場合、続けて巨大地震が起きる可能性が平常時よりも相対的に高まる(約10倍)ことから、1週間程度の特別な警戒を促すものです 2。2025年12月8日の青森県東方沖の地震では、この情報が初めて発表されました 2。
余震活動の長期化: 陸域の浅い地震の場合、大きな地震の発生後、しばらく(数日間〜数週間が目安)は同程度かそれ以上に強い揺れの地震が繰り返されるおそれがあり、活動が一時的に減っても安心できないとされています 4。
これらの背景から、日本における震度6以上の地震は、多様なメカニズムで発生し、常に長期的な傾向や直近の活動状況を注視する必要があると言えます。日頃からの備えと防災意識の向上が不可欠です。
日本の地理的特性上、地震は避けられない自然現象であり、特に震度6強以上の大規模な地震は、広範かつ甚大な被害を地域社会にもたらします。本章では、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、そして記憶に新しい令和6年能登半島地震といった主要な事例を取り上げ、それらの地震がもたらした人的被害、建物被害、インフラ被害、および地域社会への直接的な影響について詳細な比較分析を行います。この分析を通じて、日本の地震災害の多様な側面と、それに伴う課題を浮き彫りにします。
| 地震名 | 最大震度 | 人的被害 (死者・行方不明者) | 人的被害 (避難者数) | 建物被害 (全壊棟数) | 建物被害 (半壊棟数) | 建物被害 (大規模火災) | ライフライン (電力停電) | ライフライン (都市ガス停止) | ライフライン (水道断水) | 交通 (緊急輸送道路通行止箇所数) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和6年能登半島地震 | 7 6 | 記載なし | 最大5,275人 (2次避難) 6 | 6,436棟 6 | 23,075棟 6 | 輪島朝市約240棟焼損、49,000㎡焼失 6 | 広範囲に支障発生 (具体的な戸数記載なし) 6 | 記載なし | 大きな被害、長期断水 (具体的な戸数記載なし) 6 | 最大93箇所 (1/4時点) 6 |
| 平成28年熊本地震 | 7 6 | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 最大84箇所 (4/17時点) 6 |
| 東日本大震災 | 7 (宮城県栗原市) 7 | 約2万人 8 | 記載なし | 約13万棟 8 | 約27万棟 8 | 記載なし | 東京電力供給能力約2,100万kW欠落 (4割減)、計画停電実施 7 | 約46万件 (54日間で復旧) 7 | 全国約257万戸 (19都道県、264事業者) 7 | 記載なし (交通網が重大な打撃) 8 |
| 阪神・淡路大震災 | 7 7 | 6,437名 7 | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし (耐震性見直し契機) 7 | 約86万件 (85日間で復旧) 7 | 記載なし | 記載なし |
| 平成16年新潟県中越地震 | 7 7 | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 約6万件 (39日間で復旧) 7 | 記載なし | 記載なし |
| 平成19年新潟県中越沖地震 | 6強 7 | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 約3万件 (42日間で復旧) 7 | 記載なし | 記載なし |
| 平成30年北海道胆振東部地震 | 不明 7 | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 大規模停電(ブラックアウト)、約45時間で系統供給回復 7 | 記載なし | 記載なし | 記載なし |
令和6年能登半島地震では、地理的・社会的特性による被害の深刻化が特徴的でした。三方を海に囲まれた山がちな半島という地理的特徴から、道路の寸断が広範囲に発生し、最大約3,300人が孤立しました 6。また、地盤隆起により海路からの支援も制約を受けたため、支援活動は困難を極めました 6。震度6強以上を観測した市町は高齢化率が約44%と高く、過疎・高齢化が進む地域であったため、避難生活の長期化に伴う医療的・福祉的支援の必要性が高まりました 6。元日の夕刻に発生し厳冬期であったことから、寒さ対策のための暖房器具や燃料、衣類などのプッシュ型支援が特に重要となりました 6。
建物被害では、旧耐震基準の木造建築物の約2割が倒壊し 6、震源から離れた地域でも液状化による住家被害が多く発生し、側方流動も確認されました 6。輪島朝市では大規模火災が発生し、約240棟が焼損、約49,000㎡が焼失しています 6。ライフラインでは上下水道に大きな被害があり、長期にわたる断水が継続しました 6。通信も最大約7割のエリアで支障が発生しました 6。地域経済への打撃も深刻で、特に石川県内の中小企業では約3,200億円の被害が推計され、地域に根差す個人事業主や小規模事業者に集中しました 6。輪島塗などの伝統産業や観光産業も甚大な被害を受け、復旧には時間と支援を要しています 6。当初244万トンと推計された災害廃棄物発生量は、最終的に約332万トンに見直され、その処理が喫緊の課題となっています 6。
東日本大震災は、マグニチュード9.0の海溝型地震であり、広域かつ甚大な複合災害として、地震動、巨大津波、それに伴う原子力発電所事故、石油コンビナート火災という多重的な被害をもたらしました 8。死者・行方不明者は約2万人、全壊約13万棟、半壊約27万棟に上り、津波による浸水被害も約3万棟と戦後最大の被害規模となりました 8。福島第一原子力発電所事故による放射性物質の拡散は、広範囲の住民に避難を余儀なくさせ、地域社会に長期的な影響を与え続けています 8。
ライフラインでは、東京電力管内で供給能力が約4割減少し、計画停電が実施されました 7。都市ガスは約46万件が停止し、復旧まで54日を要しました 7。水道は全国約257万戸で断水が発生し、特に停電による断水も約76万戸に上りました 7。交通、エネルギー供給、物資輸送も重大な打撃を受け、都市機能にも影響を及ぼしました 8。また、長周期地震動により高層建築物が大きく揺れたほか 7、関東地方を含む広範囲で液状化現象が発生しました 7。
阪神・淡路大震災は、最大震度7を記録した都市直下型地震であり、木造家屋や高速道路の倒壊が多数発生し、都市機能が麻痺状態に陥りました 7。人的被害は死者6,437名に上っています 7。ライフラインでは都市ガスが広範囲で停止し、約86万件が85日間もの長期にわたり供給停止しました 7。この経験は、その後のライフラインの耐震化基準見直しや復旧体制強化に大きな教訓を残しました 7。
平成28年熊本地震は、活断層型地震による前震と本震の連続した強い揺れが特徴で、特に旧耐震基準の建物に大きな被害が集中しました 6。交通網の寸断も深刻で、緊急輸送道路の通行止めが最大84箇所に及び、孤立可能性のある農業集落が約20%、漁業集落が約26%に達するなど、地域全体のアクセスが困難となりました 6。
これらの地震では、都市ガスの停止が共通して見られました。平成16年新潟県中越地震では約6万件が39日間 7、平成19年新潟県中越沖地震では約3万件が42日間 7、都市ガスが停止しました。これらの事例は、ライフライン復旧の長期化と、その際の広域からの応援体制の重要性を浮き彫りにしました 7。
平成30年北海道胆振東部地震では、地震による発電所の出力低下・停止が連鎖し、北海道全域で大規模停電(ブラックアウト)が発生したのが特徴です 7。電力系統全体の供給回復には約45時間を要し 7、電力インフラの脆弱性と広域停電のリスクを顕在化させました 7。
日本の主要な地震災害は、それぞれ異なる地理的・社会的特性や地震のメカニズムによって多様な被害類型を示しています。都市直下型地震では建物倒壊やライフラインの麻痺が、海溝型地震では津波や広範囲のインフラ破壊が顕著であり、令和6年能登半島地震のように過疎高齢化と半島特性が複合した地域では、孤立問題や復旧の困難さが浮き彫りになりました 6。また、原子力発電所事故やブラックアウトといった二次災害の発生は、現代社会における高度なインフラ依存の脆弱性を露呈しています 。これらの教訓を踏まえ、今後はより多角的な視点から防災対策を強化し、災害発生時の対応能力を高めていく必要があります。特に、事前防災、自助・共助の促進、そして情報共有や新技術の活用による災害対応の効率化・高度化が不可欠です 6。
日本の経済は、過去に経験した震度6以上の大規模地震により、甚大な中長期的影響を受けてきました。本セクションでは、特に東日本大震災と阪神・淡路大震災の事例を中心に、震度6以上の地震が国内総生産(GDP)、主要産業(製造業のサプライチェーン、観光業、農林水産業)、および地域経済に与えた直接的・間接的な経済的損失、復興費用、ならびにその後の産業構造の変化を詳細に分析します。さらに、将来発生が懸念される南海トラフ巨大地震および首都直下地震の被害想定にも触れ、経済的影響の類型と復興プロセスにおける主要な課題を考察します。
東日本大震災は、地震、津波、原子力発電所事故が複合した災害であり、広範囲にわたり深刻な経済的影響をもたらしました。
阪神・淡路大震災は、近代以降初めての大都市における直下型地震であり、当時の日本にとって戦後最大規模の被害をもたらしました。
表1: 過去の主要震災における経済的影響の比較
| 項目 | 東日本大震災(2011年) | 阪神・淡路大震災(1995年) |
|---|---|---|
| マグニチュード | 9.0 9 | 7.3 11 |
| 直接被害額 | 16.9兆円(GDPの約4%) 9 | 9.6兆円 11 |
| GDP成長率影響(震災年) | 0.7%減(2011年通期) 9 | 日本全体で落ち込み傾向なし 11 |
| 事業者倒産件数(発災後5年間) | 1,898件 10 | 東日本大震災の3年間での倒産件数の約1/3.8 10 |
南海トラフ巨大地震は、阪神・淡路大震災や東日本大震災を遥かに超える経済被害が想定されています 12。
首都直下地震は、日本の経済中枢に甚大な影響を及ぼすことが懸念されています。
表2: 想定される巨大地震の経済的被害想定(概要)
| 巨大地震 | 総被害額 | 資産等の被害(被災地) | 生産・サービス低下(全国) |
|---|---|---|---|
| 南海トラフ巨大地震(基準ケース) | 129.9兆円 12 | 100.5兆円 12 | 24.8兆円 12 |
| 南海トラフ巨大地震(陸側ケース) | 213.7兆円 12 | 171.6兆円 12 | 36.2兆円 12 |
| 首都直下地震(H25報告書) | 95.3兆円 10 | 47.4兆円 10 | 47.9兆円 10 |
大地震が経済に与える影響は、以下の類型に大別できます。
震度6以上の大規模地震は、単にインフラに甚大な物理的損害を与えるだけでなく、その後の社会構造、住民の心理的状態、そして生活環境に深刻かつ多岐にわたる影響を及ぼす。先行する経済的影響のセクションで示されたような直接的な経済損失に加え、コミュニティの分断、避難生活の長期化、メンタルヘルスの問題、そして人口動態の変化といった社会学的・心理学的な側面から、その影響は長期にわたり、復興プロセスにおいて複雑な課題を提起する。本セクションでは、東日本大震災をはじめとする大規模災害の事例を通じて、これらの影響を詳細に分析し、長期的な課題を提示する。
大規模災害における死別体験は信仰的な過程であり、その克服には多大な時間を要する 13。愛する人の喪失による苦悩は、故人に固着していた心的エネルギーを再獲得するまで続くとフロイトは述べている 13。正常な日常生活への復帰が困難となる慢性的な悲嘆を経験する一方で、多くの人は時間とともに本来の自分を取り戻し、元の生活に戻っていくことが可能であり、これは個人のレジリエンス(精神的回復力)によるものとされる 13。レジリエンスは、深刻な危険性にもかかわらず適応しようとする現象、すなわち困難な状況を乗り越え精神的な病理を示さずに適応している状態を指す 13。
災害はまた、強いストレス反応を引き起こす。危険を感じると、脳は心拍数や呼吸数を高めるなど、脅威に対抗する能力を最大化する一連の反応を起こす 13。しかし、人間は様々な状況でストレスを感じ、慢性的なストレスに対して脆弱である 13。長期間にわたる極度のストレスは、生活の質の低下に加えて、免疫機能の低下や、病気・感染症への罹患リスクの増加、骨の維持や体重管理といった身体機能の低下など、重篤な身体的問題を引き起こす可能性がある 13。
心的外傷体験の中核は無力化と他者からの離断であり、その回復は被災者に力を与えることにあるとハーマン(1992)は指摘している 13。回復の基礎は他者との新しい結びつきを創ることにあるが、災害などの外傷体験は被災者から生きる力と自己統制の感覚を奪い、人と囲まれていたい、または完全に一人でいたいというアンビバレントな感情に揺れる傾向がある 13。心が不安定な状態では両極端に揺れやすく、新しい人間関係の形成を困難にさせるため、回復の主体となれるよう他者との関係性を構築し、孤立状態を避ける必要がある 13。
国内研究における知見 国内では、阪神・淡路大震災(1995)を契機に、PTSDや「こころのケア」という用語が一般化し、自然災害時の心理的影響と支援に関する研究が進展した 13。医学中央雑誌の検索では、145文献中、東日本大震災関連が81文献と大半を占めている 13。
主要な心的健康評価尺度として、以下が用いられている。
| 尺度名 | 略称/研究例 | 目的 |
|---|---|---|
| 出来事インパクト尺度 | IES-R | 外傷後ストレス症状の程度や変化、PTSDに影響する要因の解明 13 |
| 精神的健康調査 | GHQ-12 | ストレス、精神的苦痛の評価 13 |
| Kessler 6 項目心理的苦痛尺度 | K6 | 心理的苦痛の評価 13 |
PTSDのスクリーニング結果からは、台風被害後の調査で床上浸水群の28.2%がPTSDハイリスクと判定され、被害の甚大さが心身に影響し、特に高齢者で影響が遷延する傾向が認められた 13。また、IES-Rの「回避症状」が強いほど心理的ケアの専門家を信頼しない傾向があり、PTSDの認識に影響を与え、専門家への受診行動をとらない傾向がみられた 13。仮設住宅住民の調査では、PTSDと診断された8名のうち、認識していたのは2名のみであり、回避症状を持つ人のPTSDは低く評価されやすいことが示唆され、面接調査とスクリーニングの有効性が結論づけられている 13。
PTSDのリスク要因としては、家屋の被害が大きい、仮設住宅での生活、女性、高齢、同居家族が少ない、治療中の病気がある、体調が悪い、酒量やたばこの量の変化、外出頻度の少なさ、抑うつ症状がある、健康について相談したいことがあるといった項目が挙げられる 13。震災そのものだけでなく、避難時の体験、避難所や仮設住宅での環境、復興ストレスなど多要因がPTSDの発症に関与している 13。特に要配慮者(高齢者)の犠牲者が多く、家庭の状態もストレスを増大させる要因となる 13。
大規模災害後の影響は長期にわたる。阪神・淡路大震災では、応急仮設住宅入居2年目に孤立死がピークとなり 13、入居3~4年後でも約10%がPTSDと診断された 13。震災1年後、2年後にも精神症状が身体化しやすい高齢者のMasked PTSDが指摘されている 13。ストレスの自覚症状は一時的に低下したものの、2年4か月後に再上昇するなど、長期化と回復過程の複雑さが示唆された 13。東日本大震災では、家屋の喪失、大切な人の喪失、健康問題とこころの問題の関連が強く 13、震災後3年目には気分・不安症状、睡眠障害の併存状態、人間関係の変化、住居問題による心身への影響が強まり 13、4年目には高齢者、男性、祖父母との同居または独居などの家庭状態がストレス増大要因となる一方で、住宅事情はストレス増減の両方に関連することが指摘された 13。
国外研究における知見 国際的な災害心理学研究(CINAHL中心の検索)では、地震関連が25文献と多くを占め、量的研究ではPTSD発症率や症状の経時的変化が目的とされた 13。地震後のPTSD有病率は、成人で4.1%~67.1%、小児で2.5%~60.0%の範囲で報告され、成人の重要な予測因子として、女性、低学歴または社会経済的地位、過去の外傷、災害時の恐怖・怪我・死別経験、高齢、高等教育レベルが挙げられた 13。四川大地震後の追跡調査では、PTSD侵入症状が1~1.5年後の暴力的行動の危険因子であり、回避症状が1.5~2年後の危険因子であることが示された 13。地震からの経過時間が長いほどPTSD症状の度合いは低くなる傾向がみられる一方、感情の表出抑制が高いレベルの外傷後症状と関連があることが示唆されている 13。四川大地震では、PTSD症状は1年目で18.9%、1年半で11.9%と減少したが、4年目の調査で19.3%の出現が報告されている 13。
ストレス関連研究の多くはPTSDなどの精神病理に焦点を当てているが、ポストトラウマティック・グロース(PTG)に関する研究も重要である 13。ポジティブな宗教的対処がPTGと関連し、災害前後の宗教がPTGにプラス・マイナスの影響があることが強調された 13。トラウマ体験は衰弱させる側面だけでなく、PTGのような良い結果にも焦点を当てるべきだという主張もある 13。
ジャワ島中部地震(2006年)では、住民の地震に関する知識が乏しく、目の前の現実を運命として受け止める傾向が見られた 13。災害発生後約3か月で心理的に被災前の安定レベルに近づく傾向が見られたが、対象者の約半数はアラー(神)への信仰が心の支えとなっており、長期的な心のケアの必要性も示唆された 13。
災害後のストレスは、以下のような多様な心身の不調を引き起こす可能性がある 14。
これらの問題に対しては、早期の相談が重要である。福島県では、福島県立医科大学が県民健康調査として「こころの健康度・生活習慣に関する調査」を実施し、電話支援などを通じた相談対応を行っている 14。「ふくしま心のケアセンター」では、訪問支援、来所サービス、啓発活動、サロン活動、電話支援など多岐にわたる活動を行い、専門職が相談内容に応じて対応しており、移住者からの相談も増えている 14。また、放射線不安については、「放射線リスクコミュニケーション相談員支援センター」で相談対応が行われている 14。経済的な問題は心理的な負担を増大させるため、生活困窮者自立支援制度や就業・生活支援センターなどの利用も推奨される 14。その他、地域の保健福祉担当窓口、こころの健康相談統一ダイヤル、いのちの電話など、多くの相談先が利用可能である 14。
災害時のストレスは震災そのものだけでなく、避難時の体験や避難所・仮設住宅での生活ストレス、人間関係や住宅問題といった社会的ストレスなど、多くの要因が関与する 13。これらのストレス要因は、ストレスの増加にも減少にも影響し、特に要配慮者(高齢者、女性、低学歴者など)に犠牲が集中しやすく、被害の格差が生じる 13。これは途上国だけでなく先進国でもみられる現象である 13。
東日本大震災、特に福島第一原子力発電所事故は、一時期16万人もの避難者を生み、その影響は長期にわたっている 14。避難指示が解除された後も、避難生活の長期化により避難先で定住生活を送る住民が増え、特に若年層の帰還が滞りがちとなった 14。これは、被災地における高齢化の加速と若年層の流出という人口動態の変化を招いた。
一方で、震災後10年目を迎えた頃から、福島県内外からの移住者が増え始め、新しいコミュニティ創生の動きが起こり始めた点は、他の自然災害被災地の復興プロセスとは異なる福島県の特殊性を示している 14。
福島県を事例とした移住者の特徴と課題 福島県への移住者の特徴と課題に関する調査結果は以下の通りである 14。
新しいコミュニティ創生への示唆 地域のハードインフラや震災前のコミュニティ文化が大きく損なわれた被災地への移住は、「フロンティア型移住」と呼ばれ、移住者がコミュニティ再建の重要な担い手となる可能性がある 14。移住者は移住元のコミュニティとのつながりを維持することがウェルビーイングのために重要であり、移住先コミュニティへの順応を性急に促すべきではないとされる 14。地域は移住者の転出をネガティブに捉えず、温かく送り出す雰囲気も大切である 14。
また、長期的な定住人口でも短期的な交流人口でもない、地域や地域の人々と多様に関わる「関係人口」の概念は、コミュニティ創生に有用であり、移住者の流動性を関係人口拡大の可能性として捉えることが重要である 14。地域のソーシャル・キャピタル充実や孤立予防のためには、学校や職場以外に、図書館、公民館、カフェ、居酒屋、入浴施設といった人々が集える「サード・プレイス」の整備が不可欠である 14。
日本は世界有数の自然災害大国であり、その経験に基づき多くの災害時精神保健医療ガイドラインが作成されてきた 15。阪神・淡路大震災(1995年)を契機に精神保健医療対応が本格化したものの、初期には専門家間で介入方法の意見の相違があった 15。例えば、初期に用いられた「心理的デブリーフィング」はPTSD予防に効果がないことが後に判明している 15。
現在の災害時精神保健医療活動は、地域住民の精神健康を高め、ストレスと心的トラウマを減少させるアウトリーチ活動や心理教育、そして個別の精神疾患に対する予防・早期発見・治療のための活動(スクリーニングなど)に大別される 15。被災地の精神保健医療リソースの補填、復興、強化を軸とし、地域精神保健従事者(特に保健師)が中心的な役割を担う 15。
災害時のアセスメントは、医療的アセスメントと被災状況把握のためのアセスメントに大別され、災害のタイプ、コミュニティの被災状況と背景情報の収集が重要である 15。迅速アセスメントや全体アセスメント、子供のPTSDアセスメント、要支援者のスクリーニングに「見守り必要性チェックリスト」などが用いられる 15。初期対応としては、発災直後から数日間の「直後期」や発災から数日~数か月程度の「急性期」が設定され、「サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)」が推奨されている 15。スクリーニングの実施時期に関しては、トラウマ暴露後1~4週間の評価がPTSD移行予測に正確であるため、災害直後ではなく延期すべきであり、遅れて発症するPTSD症例を見逃さないためのモニタリングが重要である 15。
震度6以上の地震がコミュニティと住民に与える影響は多岐にわたり、社会構造の変化、長期にわたる避難生活の課題、深刻なメンタルヘルス問題、そして人口動態の変化(特に高齢化と若年層の流出、新たな移住者の流入)が顕著である。特に、福島の事例では、帰還者と移住者が共生する新たなコミュニティ創生のプロセスが進行しており、移住者のメンタルヘルス支援や地域への定着を促すためのインフラ整備、社会関係資本の構築が急務となっている 14。
災害からの回復は長期にわたり、地域コミュニティ内外での連携強化、多様なニーズに対応したきめ細やかな支援、そして防災・減災教育の普及が継続的に求められる。災害時における倫理的な側面から効果的な治療・支援に関する研究を行うことは困難な状況も多いが、被災者の長期的なウェルビーイングを確保するためには、学術的知見と現場のニーズを統合した、柔軟かつ持続可能な支援体制の構築が不可欠である。
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震では、マグニチュード7.6、最大震度7という大規模な地震により、多数の死者・負傷者、そして甚大な住家被害が発生しました 16。特に能登半島の地形的特徴から、交通網の寸断による最大33か所の孤立地区の発生、情報通信インフラの広範な被害、そして偽・誤情報の拡散といった課題が浮き彫りになりました 16。この震災は、日本の震度6以上の地震に対する防災・減災対策の現状と、今後の改善に向けた喫緊の課題を明確に示しています。
大規模地震における人的被害を軽減するため、住宅の耐震化は重要な対策です。能登半島地震では旧耐震基準の木造建築物の約2割が倒壊したことが報告されており、特に1階部分で潰れる被害が多発しました 17。これを受け、和歌山県では高齢者世帯に合わせた耐震化事業を拡充し、補助限度額の増額や1階部分のみの部分改修も補助対象に含めることで、耐震化促進を図っています 17。
津波による危険が切迫した状況において、住民が緊急に避難する施設として「指定緊急避難場所」が市町村長により指定されています。地震の災害種別では全国で85,901か所が指定されており、想定収容人数は2387.2万人です 18。和歌山県では、津波避難困難地域からの移転を対象とした除却補助制度の拡充を実施し、地域ごとの特性に応じた対策を進めています 17。
土砂災害に関しても、危険が切迫した場合の緊急避難場所として、全国で66,671か所が指定されています 18。和歌山県では、能登半島地震での土砂災害による道路寸断の教訓から、「半島防災」の観点での道路ネットワーク強化、橋梁の耐震化、法面対策を推進しています 17。
ハザード情報の活用を通じた避難場所の情報提供が進められています。指定緊急避難場所は、国土地理院が管理するウェブ地図「地理院地図」で閲覧可能であり、災害の種類ごとに指定緊急避難場所を指定する際の案内板表示については「災害種別避難誘導標識システム(JIS Z 9098)」が制定され、住民が明確に判断できるよう工夫されています 18。
地震動に関する直接的な早期警戒システム(例:緊急地震速報)に関する詳細な記述は、情報通信白書や防災白書には見られませんが、防災×テクノロジーの取り組みとして、河川の水位予測システムなど、災害リスク情報の早期提供に関する技術開発が進められています 18。
能登半島地震の教訓を踏まえ、現在の防災・減災対策には以下の具体的な課題が挙げられます。
上記の課題を踏まえ、以下の改善策が進められています。
和歌山県は、住宅の耐震化補助制度を拡充し、高齢者世帯のニーズに応じた制度設計を行うことで、特に脆弱な地域の耐震化を促進しています 17。また、「半島防災」の観点から道路ネットワークの強化、橋梁の耐震化、斜面対策を推進し、土砂災害による交通寸断リスクの低減を図っています 17。
災害時要配慮者の避難の実効性を高めるため、福祉避難所設置の遅れに対応すべく、1.5次避難所の必要性や支援体制の検討が推進されています 17。避難所環境については、トイレカーの相互応援体制構築、衛生的なトイレ使用ガイドライン作成、キッチンコンテナ導入による温かい食事提供など、生活環境の質向上に向けた具体的な取り組みが進められています 17。避難所でのプライバシー確保のためのパーティションや簡易ベッドの備蓄を促進し、住民参加型の訓練が推奨されています 17。内閣府は「被災者支援のあり方検討会」を設置し、避難生活の環境改善や災害ケースマネジメントの推進に取り組んでいます 18。
内閣府は「防災経済コンソーシアム」や「災害への備え」コラボレーション事業を通じて民間企業との連携を深め、「防災学術連携体」を通じて学術界との連携も強化し、社会全体の防災力向上を図っています 18。和歌山県は、災害中間支援組織の設置を進め、専門性を有するNPO・ボランティア団体との連携を強化することで、きめ細やかな支援体制を構築しようとしています 17。国と地方公共団体間では、自然災害即応・連携チーム会議や被災者生活・生業再建支援チームの設置により、迅速かつ的確な連携と役割分担がルール化され、災害対応能力の向上が図られています 18。
「防災×テクノロジー官民連携プラットフォーム」によるニーズと技術のマッチング、ISUTによる動的情報の集約・地図化・共有、次期総合防災情報システム(SOBO-WEB)の機能強化と利用対象拡大は、災害時の情報共有と意思決定の迅速化に大きく貢献します 18。防災IoTの活用として、各種カメラやドローン等によるIoTデータの取得・共有に関する技術的標準手法の整理とシステム構築を進め、災害現場の状況把握の精度と速度を向上させます 18。クラウド型被災者支援システムの導入により、被災者支援業務を効率化し、行政職員の負担軽減と被災者への迅速なサービス提供を実現します 18。
内閣府が実施する「防災スペシャリスト養成研修」等により、地方公共団体の首長や職員の防災に関する知識・経験を体系的に向上させています 18。和歌山県も、2030年度までに県職員30名以上、各市町村に1名以上の災害対応に知見を有する人材を育成する目標を掲げ、研修受講を促進しています 17。災害医療調整本部を統括できる医療関係者の不足に対応するため、災害医学講座の設置検討やローカルDMATの養成研修が継続的に実施され、災害医療体制の強化が図られています 17。
通信インフラの被害を教訓に、携帯電話基地局や光ファイバの強靭化、非常時における事業者間ローミングの実現、衛星通信(スターリンク等)の利用拡大を推進し、通信途絶時でもリアルタイムでの情報共有を可能にすることで、災害時の情報空白地域を解消します 16。SNS等で拡散する偽・誤情報への対策も今後の課題として挙げられています 16。また、観光客や外国人観光客に対し、旅行前・旅行中に避難に必要な情報を多言語で提供する方策を検討し、災害弱者への情報伝達を強化します 17。
日本の防災・減災対策は、能登半島地震で明らかになった多岐にわたる課題を踏まえ、耐震化、避難体制、情報通信、人材育成、多主体連携など多角的なアプローチで改善が進められています。これらの取り組みが連携し、着実に実行されることで、より災害に強い社会の実現が期待されます。