日本における震度6以上の地震の状況、影響、および対策

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Dec 11, 2025 0 read

日本の震度6以上地震の発生状況と特徴

日本は環太平洋地震帯に位置し、複数のプレートが衝突して沈み込んでいるため、世界でも有数の地震活動が活発な地域です。世界の地震の約2割が日本周辺で発生しており、過去から現在に至るまで多くの大地震が発生し、甚大な被害をもたらしてきました 1。本セクションでは、日本の地震活動の背景を理解するため、地震の主要なタイプとメカニズムについて簡潔に説明し、震度6以上の地震の発生頻度と長期的な傾向を概説します。

1. 日本における主要な地震のタイプとメカニズム

日本で発生する地震は、主に以下の3つのタイプに分類されます 。

  • プレート境界型地震(海溝型地震) 海洋プレート(太平洋プレートやフィリピン海プレートなど)が陸のプレートの下に沈み込む際に、プレート境界が固着してひずみが蓄積され、このひずみが限界に達すると、陸側のプレートが跳ね上がって地震が発生します 。このタイプの地震はしばしばマグニチュード8クラスの巨大地震となり、津波を伴うことが多いです 。2011年の東北地方太平洋沖地震や、2025年12月8日の青森県東方沖の地震などがこのタイプに該当します 2

  • プレート内地震 プレートの内部で大規模な断層運動が起こることで発生する地震です 1。海洋プレートが沈み込む深部や、陸のプレート内部で発生します 3。昭和三陸地震や釧路沖地震、北海道東方沖地震などがこれに分類されます 。

  • 内陸部の活断層を震源とする地震(陸域の浅い地震) 陸域の浅い場所(深さ約20kmより浅い所)で発生し、過去に繰り返し活動し、将来も地震を起こすと想定される「活断層」が原因となる地震です 。震源が地表に近いため、マグニチュードが小さくても局所的に非常に強い揺れとなり、甚大な被害をもたらすことがあります 。濃尾地震、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、熊本地震などが代表的な例です 。

2. 震度6以上の地震の発生頻度と長期的な傾向

日本における震度6以上の地震の発生には、以下のようないくつかの傾向が見られます。

  • 長期的な活動期と静穏期: 歴史的に、大地震の発生には活動期と静穏期が繰り返される傾向があります。特に、南海トラフ沿いの巨大地震は、おおむね100年から150年の間隔で発生しており、今世紀前半での発生が懸念されています 1

  • 近年の大都市直下型地震の懸念: 1995年の兵庫県南部地震は、活断層型の地震が都市直下で発生した場合の甚大な被害を顕在化させました 4。南関東では、数百年間隔で発生する関東大震災クラスの地震の間に、マグニチュード7クラスの直下型地震が数回発生するとされており、大都市直下での発生が懸念されています 1。活断層型の地震は震源が地表に近いため、マグニチュードが小さくても大きな被害をもたらすことがあります 4

  • 東日本大震災後の活動: 2011年の東日本大震災(マグニチュード9.0、最大震度7)以降、東北地方の太平洋沖では、余震活動としてマグニチュード7クラスの地震が複数回発生しており、その一部では震度6強を観測しています 5。これは巨大地震が広範囲に影響を及ぼすことを示しています。

  • 後発地震注意情報の運用: 2022年12月より「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用が開始されました 2。これは、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の震源域内でマグニチュード7以上の地震が起きた場合、続けて巨大地震が起きる可能性が平常時よりも相対的に高まる(約10倍)ことから、1週間程度の特別な警戒を促すものです 2。2025年12月8日の青森県東方沖の地震では、この情報が初めて発表されました 2

  • 余震活動の長期化: 陸域の浅い地震の場合、大きな地震の発生後、しばらく(数日間〜数週間が目安)は同程度かそれ以上に強い揺れの地震が繰り返されるおそれがあり、活動が一時的に減っても安心できないとされています 4

これらの背景から、日本における震度6以上の地震は、多様なメカニズムで発生し、常に長期的な傾向や直近の活動状況を注視する必要があると言えます。日頃からの備えと防災意識の向上が不可欠です。

主要な震度6以上の地震による被害事例とその規模

日本の地理的特性上、地震は避けられない自然現象であり、特に震度6強以上の大規模な地震は、広範かつ甚大な被害を地域社会にもたらします。本章では、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、そして記憶に新しい令和6年能登半島地震といった主要な事例を取り上げ、それらの地震がもたらした人的被害、建物被害、インフラ被害、および地域社会への直接的な影響について詳細な比較分析を行います。この分析を通じて、日本の地震災害の多様な側面と、それに伴う課題を浮き彫りにします。

主要地震の被害データ比較表

地震名 最大震度 人的被害 (死者・行方不明者) 人的被害 (避難者数) 建物被害 (全壊棟数) 建物被害 (半壊棟数) 建物被害 (大規模火災) ライフライン (電力停電) ライフライン (都市ガス停止) ライフライン (水道断水) 交通 (緊急輸送道路通行止箇所数)
令和6年能登半島地震 7 6 記載なし 最大5,275人 (2次避難) 6 6,436棟 6 23,075棟 6 輪島朝市約240棟焼損、49,000㎡焼失 6 広範囲に支障発生 (具体的な戸数記載なし) 6 記載なし 大きな被害、長期断水 (具体的な戸数記載なし) 6 最大93箇所 (1/4時点) 6
平成28年熊本地震 7 6 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 最大84箇所 (4/17時点) 6
東日本大震災 7 (宮城県栗原市) 7 約2万人 8 記載なし 約13万棟 8 約27万棟 8 記載なし 東京電力供給能力約2,100万kW欠落 (4割減)、計画停電実施 7 約46万件 (54日間で復旧) 7 全国約257万戸 (19都道県、264事業者) 7 記載なし (交通網が重大な打撃) 8
阪神・淡路大震災 7 7 6,437名 7 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし (耐震性見直し契機) 7 約86万件 (85日間で復旧) 7 記載なし 記載なし
平成16年新潟県中越地震 7 7 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 約6万件 (39日間で復旧) 7 記載なし 記載なし
平成19年新潟県中越沖地震 6強 7 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 約3万件 (42日間で復旧) 7 記載なし 記載なし
平成30年北海道胆振東部地震 不明 7 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 記載なし 大規模停電(ブラックアウト)、約45時間で系統供給回復 7 記載なし 記載なし 記載なし

各地震の特徴的な被害類型と地域社会への影響

令和6年能登半島地震

令和6年能登半島地震では、地理的・社会的特性による被害の深刻化が特徴的でした。三方を海に囲まれた山がちな半島という地理的特徴から、道路の寸断が広範囲に発生し、最大約3,300人が孤立しました 6。また、地盤隆起により海路からの支援も制約を受けたため、支援活動は困難を極めました 6。震度6強以上を観測した市町は高齢化率が約44%と高く、過疎・高齢化が進む地域であったため、避難生活の長期化に伴う医療的・福祉的支援の必要性が高まりました 6。元日の夕刻に発生し厳冬期であったことから、寒さ対策のための暖房器具や燃料、衣類などのプッシュ型支援が特に重要となりました 6

建物被害では、旧耐震基準の木造建築物の約2割が倒壊し 6、震源から離れた地域でも液状化による住家被害が多く発生し、側方流動も確認されました 6。輪島朝市では大規模火災が発生し、約240棟が焼損、約49,000㎡が焼失しています 6。ライフラインでは上下水道に大きな被害があり、長期にわたる断水が継続しました 6。通信も最大約7割のエリアで支障が発生しました 6。地域経済への打撃も深刻で、特に石川県内の中小企業では約3,200億円の被害が推計され、地域に根差す個人事業主や小規模事業者に集中しました 6。輪島塗などの伝統産業や観光産業も甚大な被害を受け、復旧には時間と支援を要しています 6。当初244万トンと推計された災害廃棄物発生量は、最終的に約332万トンに見直され、その処理が喫緊の課題となっています 6

東日本大震災

東日本大震災は、マグニチュード9.0の海溝型地震であり、広域かつ甚大な複合災害として、地震動、巨大津波、それに伴う原子力発電所事故、石油コンビナート火災という多重的な被害をもたらしました 8。死者・行方不明者は約2万人、全壊約13万棟、半壊約27万棟に上り、津波による浸水被害も約3万棟と戦後最大の被害規模となりました 8。福島第一原子力発電所事故による放射性物質の拡散は、広範囲の住民に避難を余儀なくさせ、地域社会に長期的な影響を与え続けています 8

ライフラインでは、東京電力管内で供給能力が約4割減少し、計画停電が実施されました 7。都市ガスは約46万件が停止し、復旧まで54日を要しました 7。水道は全国約257万戸で断水が発生し、特に停電による断水も約76万戸に上りました 7。交通、エネルギー供給、物資輸送も重大な打撃を受け、都市機能にも影響を及ぼしました 8。また、長周期地震動により高層建築物が大きく揺れたほか 7、関東地方を含む広範囲で液状化現象が発生しました 7

阪神・淡路大震災

阪神・淡路大震災は、最大震度7を記録した都市直下型地震であり、木造家屋や高速道路の倒壊が多数発生し、都市機能が麻痺状態に陥りました 7。人的被害は死者6,437名に上っています 7。ライフラインでは都市ガスが広範囲で停止し、約86万件が85日間もの長期にわたり供給停止しました 7。この経験は、その後のライフラインの耐震化基準見直しや復旧体制強化に大きな教訓を残しました 7

平成28年熊本地震

平成28年熊本地震は、活断層型地震による前震と本震の連続した強い揺れが特徴で、特に旧耐震基準の建物に大きな被害が集中しました 6。交通網の寸断も深刻で、緊急輸送道路の通行止めが最大84箇所に及び、孤立可能性のある農業集落が約20%、漁業集落が約26%に達するなど、地域全体のアクセスが困難となりました 6

平成16年新潟県中越地震および平成19年新潟県中越沖地震

これらの地震では、都市ガスの停止が共通して見られました。平成16年新潟県中越地震では約6万件が39日間 7、平成19年新潟県中越沖地震では約3万件が42日間 7、都市ガスが停止しました。これらの事例は、ライフライン復旧の長期化と、その際の広域からの応援体制の重要性を浮き彫りにしました 7

平成30年北海道胆振東部地震

平成30年北海道胆振東部地震では、地震による発電所の出力低下・停止が連鎖し、北海道全域で大規模停電(ブラックアウト)が発生したのが特徴です 7。電力系統全体の供給回復には約45時間を要し 7、電力インフラの脆弱性と広域停電のリスクを顕在化させました 7

総括

日本の主要な地震災害は、それぞれ異なる地理的・社会的特性や地震のメカニズムによって多様な被害類型を示しています。都市直下型地震では建物倒壊やライフラインの麻痺が、海溝型地震では津波や広範囲のインフラ破壊が顕著であり、令和6年能登半島地震のように過疎高齢化と半島特性が複合した地域では、孤立問題や復旧の困難さが浮き彫りになりました 6。また、原子力発電所事故やブラックアウトといった二次災害の発生は、現代社会における高度なインフラ依存の脆弱性を露呈しています 。これらの教訓を踏まえ、今後はより多角的な視点から防災対策を強化し、災害発生時の対応能力を高めていく必要があります。特に、事前防災、自助・共助の促進、そして情報共有や新技術の活用による災害対応の効率化・高度化が不可欠です 6

震度6以上の地震が日本経済に与える中長期的影響と産業別の分析

日本の経済は、過去に経験した震度6以上の大規模地震により、甚大な中長期的影響を受けてきました。本セクションでは、特に東日本大震災と阪神・淡路大震災の事例を中心に、震度6以上の地震が国内総生産(GDP)、主要産業(製造業のサプライチェーン、観光業、農林水産業)、および地域経済に与えた直接的・間接的な経済的損失、復興費用、ならびにその後の産業構造の変化を詳細に分析します。さらに、将来発生が懸念される南海トラフ巨大地震および首都直下地震の被害想定にも触れ、経済的影響の類型と復興プロセスにおける主要な課題を考察します。

2. 過去の主要な震度6以上の地震における経済的影響

2.1 東日本大震災(2011年3月11日、マグニチュード9.0)

東日本大震災は、地震、津波、原子力発電所事故が複合した災害であり、広範囲にわたり深刻な経済的影響をもたらしました。

  • 直接被害額: 当初の推定16兆円から25兆円に対し、最終的に16.9兆円(当時の日本のGDPの約4%)と発表されました 9。このうち、物的資産の約3分の2は民間が所有しており 9、内訳は建築物等が10.4兆円(62%)、ライフライン施設が1.3兆円(8%)、社会基盤施設が2.2兆円(13%)、その他(農林水産等)が3.0兆円(17%)でした 9
  • GDPへの影響: 2011年第1四半期には日本のGDPが3.5%下落し 9、2011年通期では0.7%の低下を記録しました 9。震災による生産活動の低下や消費者マインドの悪化から、個人消費や民間企業設備投資が減少し、在庫の取り崩しがGDPを押し下げました 10。2011年度の実質GDP成長率は0.4%に鈍化しています 11。しかし、2012年には復興事業に牽引されて2%の伸びが予想されました 9
  • 産業別の影響:
    • 製造業サプライチェーン: 被災地が「ものづくり」の一大拠点であったため、ネットワーク化された生産システムは災害に極めて脆弱であることが露呈しました 9。部品・素材供給の停滞により、全国で多くの製造業者が生産停止に追い込まれ 9、特に自動車、電機、金属産業に甚大な影響が出ました 9。2011年第1および第2四半期には、日本の自動車生産台数が前年同期比でそれぞれ25%と33.8%減少しています 9。この影響は中国広東省、タイ、さらにアジア諸国や米国にまで波及しました 9。半導体事業者の工場被災に伴う部品調達の支障は、自動車産業等の生産高低下に繋がり、サプライチェーンが特定のメーカーに中核部素材のニーズが集中する「ダイヤモンド構造」であることが明らかになりました 10
    • 農林水産業: 被害額は2.34兆円と推定されました 9。約2.4万haの農地が津波で冠水し、その95%以上が岩手、宮城、福島に集中しました 9。2012年には岩手・宮城両県で農地の回復・耕作は50%を割り込み、福島では最大20%程度と予想されました 9。国内生産の約3分の1を担う岩手・宮城の合板工場の多くが被害を受け 9、福島原発事故の影響で食品の出荷規制や日本産食料品に対する輸入規制が強化され、輸出量が減少しました 9。農業産出額は福島県で20.6%減、宮城県で2.3%減となり、福島県では風評被害が継続しました 11。漁獲量・養殖収穫量は、津波による漁船や漁港施設の甚大被害により、被災3県で大きく減少しました 11
    • 観光業: 震災後1カ月で海外からの旅行者数が前年比62%減少するなど大きな打撃を受け 9、被害規模は約7,000億円と推定されました 9。回復は迅速でしたが、2011年秋には15%減に留まり、原発事故への懸念と円高傾向が影響しました 9。観光入込客数は減少後に回復傾向にありますが、震災前の水準には戻っていません 11
    • エネルギー供給: 地震と津波、福島第一原発事故によりエネルギー供給不足が発生し、計画停電が実施されました 9。これにより国内総生産の約40%を占める関東地方の工業生産が阻害されました 9
  • 金融・為替市場への影響: 震災直後、株式市場は15%以上下落しましたが、6月中旬までに約3分の1を回復しました 9。日経平均株価は3月11日の10,348円から3月15日には8,605円まで約2割弱下落しました 10。円は一時1ドル76.25円の記録的な高値に急騰しましたが、G-7諸国との協調介入の結果、80円から84円の水準で推移しました 9。消費者物価指数は阪神・淡路大震災後の動向と同様に落ち着いた動きを示しました 10
  • 事業者の倒産: 東日本大震災による倒産は、2011年3月からの5年間で1,898件に上りました 10。このうち、直接損害よりも被災地外および間接損害に起因するものが1,718件と多く、阪神・淡路大震災の約3.8倍のペースでした 10。特にサービス業、卸売業、製造業で倒産が集中しました 10
  • 復興プロセス: 被災3県(岩手、宮城、福島)の県民経済計算(GRP)を見ると、福島県は震災直後の2011年に原子力発電所事故の影響で6.9%と大きく落ち込んだものの、岩手県、宮城県は2012年には全国水準を上回る回復を見せました 11。これは多額の復旧復興投資と復興需要に牽引された結果であり 11、特に宮城県では公共投資が2011年度に前年比155.6%(2.5倍)に急増し、広範囲にわたる土木工事が長期間地域経済を底支えしました 11。民間設備投資も2011年には福島県で25.7%増、宮城県で14%増とプラス成長を示しました 11

2.2 阪神・淡路大震災(1995年1月17日、マグニチュード7.3)

阪神・淡路大震災は、近代以降初めての大都市における直下型地震であり、当時の日本にとって戦後最大規模の被害をもたらしました。

  • 直接被害額: 9.6兆円と推定され 11、東日本大震災と同様に建築物等の被害が60%以上を占めました 11
  • GDP/GRPへの影響: 日本全体の実質GDPは震災後に落ち込む傾向は見られませんでした 11。兵庫県の実質GRPは、復興需要により1995年から1997年まで全国を上回る成長率を記録しました 11。しかし、復興需要が剥落した1998年以降は中長期的にマイナス基調に転じ、全国を下回る成長率で推移し、全国との差が徐々に拡大しました 11
  • 産業別の影響:
    • 製造業: 震災直後から1997年までは復旧復興に向けた設備投資により増加しましたが、2002年には震災直前の1994年対比で0.91倍まで減少しました 11。その後回復し、震災後10年目の2005年には震災前の水準まで増加しました 11。工場移転件数は1995年の15件から1996年には28件、1997年には32件と急増し、大手企業の工場移転が中小企業の受注減少と製造業の中期的な低迷の一因となりました 11
    • 建設業: 震災後2年間は新設住宅着工や公共工事といった復旧復興需要により大きく増加しましたが、復旧復興需要が一段落すると一転して落ち込みました 11
    • 商業: 大型小売店販売額は震災以降、全国を下回る水準で推移し 11、特に百貨店の販売額は大幅に減少しました 11
    • 観光業: 震災発生年に観光入込客数が18.3%減少しました 11。しかし、市街地の復旧と神戸ルミナリエ(1995年12月開始)の効果により、震災後1年目には17.6%増と急速に回復しました 11。3年目には明石海峡大橋の開通も手伝い、震災前を12.5%上回る観光客数となりました 11。宿泊者数は震災後に28.7%と大きく減少しましたが、震災前の水準に戻るまでに10年程度を要しました 11
  • 神戸港の機能喪失: 震災により神戸港およびアクセス施設が甚大なダメージを受けました 11。応急工事によりコンテナ荷役は2ヶ月後から再開されたものの、震災前の水準まで国内シェアが回復した年はなく、トランシップ貨物量は減少し、神戸港の世界的な地位は急速に失われました 11。世界のコンテナ取扱量順位は1994年の6位から1995年には23位に、そして2010年には47位にまで落ち込みました 11。新興国港湾の台頭がこの背景にあるとされています 11
  • 復興需要: 民間設備投資は震災直後の1995年に増加が見られましたが、1996年以降は4期連続のマイナス成長となりました 11。公共投資は1995年度に前年比50.9%急増しましたが、3年程度で元の水準に戻りました 11

表1: 過去の主要震災における経済的影響の比較

項目 東日本大震災(2011年) 阪神・淡路大震災(1995年)
マグニチュード 9.0 9 7.3 11
直接被害額 16.9兆円(GDPの約4%) 9 9.6兆円 11
GDP成長率影響(震災年) 0.7%減(2011年通期) 9 日本全体で落ち込み傾向なし 11
事業者倒産件数(発災後5年間) 1,898件 10 東日本大震災の3年間での倒産件数の約1/3.8 10

3. 想定される巨大地震における経済的影響

3.1 南海トラフ巨大地震

南海トラフ巨大地震は、阪神・淡路大震災や東日本大震災を遥かに超える経済被害が想定されています 12

  • 被害想定額:
    • 基準ケース: 資産等の被害(被災地)は100.5兆円、生産・サービス低下に起因する影響(全国)は24.8兆円、交通寸断に起因する影響(全国)は4.6兆円と見積もられています 12
    • 陸側ケース: 資産等の被害(被災地)は171.6兆円、生産・サービス低下に起因する影響(全国)は36.2兆円、交通寸断に起因する影響(全国)は5.9兆円に上るとされます 12
    • 民間部門の資産被害(住宅・オフィス・家財・償却資産・在庫資産)は、基準ケースで84.7兆円、陸側ケースで146.3兆円と試算されています 12
  • GDPへの影響(生産・サービス低下による影響):
    • 基準ケース: GDP被害率は5.0%(24.8兆円)と試算され、特に輸送機械(18.2%)、輸送機械以外の製造業(9.0%)、卸売・小売業(5.1%)の被害率が高いと予測されます 12
    • 陸側ケース: GDP被害率は7.3%(36.2兆円)と試算され、輸送機械(20.8%)、輸送機械以外の製造業(13.4%)、卸売・小売業(8.6%)の被害率が高いとされています 12
  • 中長期的な経済・財政システムへの波及: 企業の撤退・倒産、生産機能の域外・国外流出、国際的競争力・地位の低下(特に港湾ハブ機能の喪失)、雇用状況の悪化、資金調達の困難化、国家財政および被災自治体財政の悪化、国際的信頼の低下などが想定されています 12

3.2 首都直下地震

首都直下地震は、日本の経済中枢に甚大な影響を及ぼすことが懸念されています。

  • H25報告書における被害想定: 合計95.3兆円と推計され、内訳は資産等の被害が47.4兆円、生産・サービス低下に起因する経済活動への影響が47.9兆円でした 10
  • 経済中枢機能への影響: 建物被災による民間資本の減少、人的被害や労働力減少に加え、経済中枢機能の低下やサプライチェーン寸断による被災地外への影響も考慮して推計されます 10。金融機関や主要企業の半分以上が都心3区に集中し、全国の上場企業の53%が東京都に本社を構え、製造業の約2割が東京圏に集積しているため、経済活動の停滞は全国に波及する可能性が高いと指摘されています 10
  • 産業構造の変化: 過去10年で東京圏の就業者数および名目GDPの割合は情報通信業、医療福祉分野で増加しましたが、製造業と卸売業・小売業では減少傾向にあります 10

表2: 想定される巨大地震の経済的被害想定(概要)

巨大地震 総被害額 資産等の被害(被災地) 生産・サービス低下(全国)
南海トラフ巨大地震(基準ケース) 129.9兆円 12 100.5兆円 12 24.8兆円 12
南海トラフ巨大地震(陸側ケース) 213.7兆円 12 171.6兆円 12 36.2兆円 12
首都直下地震(H25報告書) 95.3兆円 10 47.4兆円 10 47.9兆円 10

4. 経済的影響の類型と復興プロセスにおける課題

4.1 経済的影響の類型

大地震が経済に与える影響は、以下の類型に大別できます。

  • 直接被害: 建築物、インフラ(道路、鉄道、港湾、ライフライン)、設備、在庫など物理的な損壊は、その後の経済活動停止や生産能力低下に直結します 9
  • 間接被害:
    • 生産・サービス活動の低下: 工場や従業員の被災、電力や水の供給停止、交通寸断による物流停滞(サプライチェーン寸断)により、生産活動やサービス提供が阻害されます 9。特に半導体部品のように特定メーカーに生産が集中する「ダイヤモンド構造」のサプライチェーンが寸断されると、広範な産業に影響が及びます 10
    • 需要の変化: 消費者マインドの冷え込み、買い控え、風評被害による観光客減少や商品売上減少などが生じます 9
    • 金融市場の混乱: 株価の暴落、為替の変動(円高)、金融機関の機能停止、資金調達の困難化などが挙げられます 9
    • 雇用への影響: 失業者の増加、所得の低下、人口流出が引き起こされます 12
  • 中長期的な構造変化: 被災地の産業構造の変化(製造業の衰退とサービス業の相対的成長など)、工場移転による産業の空洞化、国際競争力・地位の低下、地域経済の活性化の鈍化といった影響があります 12

4.2 復興プロセスにおける課題

  • 復興需要の剥落と経済の落ち込み: 阪神・淡路大震災後の兵庫県では、震災後1~2年目に復興需要で成長率が全国を上回ったものの、復興需要剥落後は中長期的にマイナス基調となり、全国を下回る結果となりました 11。東日本大震災の被災3県でも、公共投資や民間設備投資が地域経済を底支えしていますが、復興需要剥落後の経済落ち込みが懸念されます 11
  • 人口減少と産業空洞化: 阪神・淡路大震災では震災直後に大量の人口が流出し、その多くが震災後も戻らなかったと推察されます 11。東日本大震災の被災3県も震災前から人口減少局面にあったため、震災が人口減少を加速させており、地域経済への影響は深刻です 11。これに伴い、企業の撤退や倒産、生産機能の域外・国外流出が進む可能性があります 12
  • サプライチェーンの脆弱性: 大規模災害におけるサプライチェーン寸断による間接的損害は甚大ですが、サプライチェーンを通じて波及するリスクに対する企業の認識は依然として不十分です 10。BCP(事業継続計画)において生産・物流拠点の分散や代替生産先の確保を考慮している企業は少ないのが現状です 10
  • 事業継続計画(BCP)の実効性: 大企業におけるBCP策定率は76.4%に達しますが、中堅企業では45.5%にとどまります 10。BCPの策定や推進における課題として、「部署間の連携」「現場の意識」「人員の確保」などが挙げられており、策定済みであってもその実効性には課題があります 10
  • リスクファイナンスの不十分さ: 自然災害による損害額に対し、保険でカバーされている割合は小さいです 10。日本のGDPに対する財物保険料の支払額は先進国の中でも少ない傾向にあります 10。東日本大震災被災企業の地震保険加入率は約3割にとどまり、地震利益保険の付帯割合も米国と比較して低いとされています 10
  • 二重債務問題: 東日本大震災では、被災者が既存債務を抱えながら新たな資金調達が必要となる「二重債務問題」が発生し、事業や生活再建を困難にする要因となりました 9
  • 風評被害の継続: 福島原発事故後の農林水産業や観光業では、放射性物質に関する出荷規制や輸出規制、あるいは消費者や観光客の忌避意識による風評被害が長期的に影響し、経済回復の足かせとなっています 9
  • 経済中枢機能の維持: 金融市場、民間金融機関、日本銀行などは東日本大震災以降、業務継続体制の強化に取り組んでいます 10。全銀システムの二重化やJPX(日本取引所グループ)の東西バックアップ態勢構築などが進められているものの、首都直下地震のような事態ではこれらの機能が維持されるかどうかが全国の経済活動に極めて重要となります 10

震度6以上の地震後の社会構造と住民の心理的・生活環境への影響

震度6以上の大規模地震は、単にインフラに甚大な物理的損害を与えるだけでなく、その後の社会構造、住民の心理的状態、そして生活環境に深刻かつ多岐にわたる影響を及ぼす。先行する経済的影響のセクションで示されたような直接的な経済損失に加え、コミュニティの分断、避難生活の長期化、メンタルヘルスの問題、そして人口動態の変化といった社会学的・心理学的な側面から、その影響は長期にわたり、復興プロセスにおいて複雑な課題を提起する。本セクションでは、東日本大震災をはじめとする大規模災害の事例を通じて、これらの影響を詳細に分析し、長期的な課題を提示する。

1. 住民の心理的・精神的健康への影響

1.1. 悲嘆、ストレス反応、そしてレジリエンス

大規模災害における死別体験は信仰的な過程であり、その克服には多大な時間を要する 13。愛する人の喪失による苦悩は、故人に固着していた心的エネルギーを再獲得するまで続くとフロイトは述べている 13。正常な日常生活への復帰が困難となる慢性的な悲嘆を経験する一方で、多くの人は時間とともに本来の自分を取り戻し、元の生活に戻っていくことが可能であり、これは個人のレジリエンス(精神的回復力)によるものとされる 13。レジリエンスは、深刻な危険性にもかかわらず適応しようとする現象、すなわち困難な状況を乗り越え精神的な病理を示さずに適応している状態を指す 13

災害はまた、強いストレス反応を引き起こす。危険を感じると、脳は心拍数や呼吸数を高めるなど、脅威に対抗する能力を最大化する一連の反応を起こす 13。しかし、人間は様々な状況でストレスを感じ、慢性的なストレスに対して脆弱である 13。長期間にわたる極度のストレスは、生活の質の低下に加えて、免疫機能の低下や、病気・感染症への罹患リスクの増加、骨の維持や体重管理といった身体機能の低下など、重篤な身体的問題を引き起こす可能性がある 13

1.2. 災害後の心理的回復過程における揺らぎとメンタルヘルス問題

心的外傷体験の中核は無力化と他者からの離断であり、その回復は被災者に力を与えることにあるとハーマン(1992)は指摘している 13。回復の基礎は他者との新しい結びつきを創ることにあるが、災害などの外傷体験は被災者から生きる力と自己統制の感覚を奪い、人と囲まれていたい、または完全に一人でいたいというアンビバレントな感情に揺れる傾向がある 13。心が不安定な状態では両極端に揺れやすく、新しい人間関係の形成を困難にさせるため、回復の主体となれるよう他者との関係性を構築し、孤立状態を避ける必要がある 13

国内研究における知見 国内では、阪神・淡路大震災(1995)を契機に、PTSDや「こころのケア」という用語が一般化し、自然災害時の心理的影響と支援に関する研究が進展した 13。医学中央雑誌の検索では、145文献中、東日本大震災関連が81文献と大半を占めている 13

主要な心的健康評価尺度として、以下が用いられている。

尺度名 略称/研究例 目的
出来事インパクト尺度 IES-R 外傷後ストレス症状の程度や変化、PTSDに影響する要因の解明 13
精神的健康調査 GHQ-12 ストレス、精神的苦痛の評価 13
Kessler 6 項目心理的苦痛尺度 K6 心理的苦痛の評価 13

PTSDのスクリーニング結果からは、台風被害後の調査で床上浸水群の28.2%がPTSDハイリスクと判定され、被害の甚大さが心身に影響し、特に高齢者で影響が遷延する傾向が認められた 13。また、IES-Rの「回避症状」が強いほど心理的ケアの専門家を信頼しない傾向があり、PTSDの認識に影響を与え、専門家への受診行動をとらない傾向がみられた 13。仮設住宅住民の調査では、PTSDと診断された8名のうち、認識していたのは2名のみであり、回避症状を持つ人のPTSDは低く評価されやすいことが示唆され、面接調査とスクリーニングの有効性が結論づけられている 13

PTSDのリスク要因としては、家屋の被害が大きい、仮設住宅での生活、女性、高齢、同居家族が少ない、治療中の病気がある、体調が悪い、酒量やたばこの量の変化、外出頻度の少なさ、抑うつ症状がある、健康について相談したいことがあるといった項目が挙げられる 13。震災そのものだけでなく、避難時の体験、避難所や仮設住宅での環境、復興ストレスなど多要因がPTSDの発症に関与している 13。特に要配慮者(高齢者)の犠牲者が多く、家庭の状態もストレスを増大させる要因となる 13

大規模災害後の影響は長期にわたる。阪神・淡路大震災では、応急仮設住宅入居2年目に孤立死がピークとなり 13、入居3~4年後でも約10%がPTSDと診断された 13。震災1年後、2年後にも精神症状が身体化しやすい高齢者のMasked PTSDが指摘されている 13。ストレスの自覚症状は一時的に低下したものの、2年4か月後に再上昇するなど、長期化と回復過程の複雑さが示唆された 13。東日本大震災では、家屋の喪失、大切な人の喪失、健康問題とこころの問題の関連が強く 13、震災後3年目には気分・不安症状、睡眠障害の併存状態、人間関係の変化、住居問題による心身への影響が強まり 13、4年目には高齢者、男性、祖父母との同居または独居などの家庭状態がストレス増大要因となる一方で、住宅事情はストレス増減の両方に関連することが指摘された 13

国外研究における知見 国際的な災害心理学研究(CINAHL中心の検索)では、地震関連が25文献と多くを占め、量的研究ではPTSD発症率や症状の経時的変化が目的とされた 13。地震後のPTSD有病率は、成人で4.1%~67.1%、小児で2.5%~60.0%の範囲で報告され、成人の重要な予測因子として、女性、低学歴または社会経済的地位、過去の外傷、災害時の恐怖・怪我・死別経験、高齢、高等教育レベルが挙げられた 13。四川大地震後の追跡調査では、PTSD侵入症状が1~1.5年後の暴力的行動の危険因子であり、回避症状が1.5~2年後の危険因子であることが示された 13。地震からの経過時間が長いほどPTSD症状の度合いは低くなる傾向がみられる一方、感情の表出抑制が高いレベルの外傷後症状と関連があることが示唆されている 13。四川大地震では、PTSD症状は1年目で18.9%、1年半で11.9%と減少したが、4年目の調査で19.3%の出現が報告されている 13

ストレス関連研究の多くはPTSDなどの精神病理に焦点を当てているが、ポストトラウマティック・グロース(PTG)に関する研究も重要である 13。ポジティブな宗教的対処がPTGと関連し、災害前後の宗教がPTGにプラス・マイナスの影響があることが強調された 13。トラウマ体験は衰弱させる側面だけでなく、PTGのような良い結果にも焦点を当てるべきだという主張もある 13

ジャワ島中部地震(2006年)では、住民の地震に関する知識が乏しく、目の前の現実を運命として受け止める傾向が見られた 13。災害発生後約3か月で心理的に被災前の安定レベルに近づく傾向が見られたが、対象者の約半数はアラー(神)への信仰が心の支えとなっており、長期的な心のケアの必要性も示唆された 13

1.3. 留意すべき心の問題と相談機関

災害後のストレスは、以下のような多様な心身の不調を引き起こす可能性がある 14

  • 気分の落ち込みやいらいら感: 長期化すると判断力や思考の問題を引き起こし、うつ病の可能性もある 14
  • 意欲の落ち込みや興味の低下: 仕事はこなせていても、楽しめなくなるのはメンタルヘルスの重大なサインである 14
  • 睡眠障害: 寝つきの悪さ、中途覚醒、早朝覚醒が続く場合は専門機関への相談が必要であり、うつ病や身体疾患とも関連が深い 14
  • アルコールの健康影響: うつ状態や睡眠障害が飲酒問題を引き起こすことがあり、孤立状況では飲酒量が増えやすい 14

これらの問題に対しては、早期の相談が重要である。福島県では、福島県立医科大学が県民健康調査として「こころの健康度・生活習慣に関する調査」を実施し、電話支援などを通じた相談対応を行っている 14。「ふくしま心のケアセンター」では、訪問支援、来所サービス、啓発活動、サロン活動、電話支援など多岐にわたる活動を行い、専門職が相談内容に応じて対応しており、移住者からの相談も増えている 14。また、放射線不安については、「放射線リスクコミュニケーション相談員支援センター」で相談対応が行われている 14。経済的な問題は心理的な負担を増大させるため、生活困窮者自立支援制度や就業・生活支援センターなどの利用も推奨される 14。その他、地域の保健福祉担当窓口、こころの健康相談統一ダイヤル、いのちの電話など、多くの相談先が利用可能である 14

2. 社会構造とコミュニティへの影響

2.1. 避難生活の長期化と新たな課題

災害時のストレスは震災そのものだけでなく、避難時の体験や避難所・仮設住宅での生活ストレス、人間関係や住宅問題といった社会的ストレスなど、多くの要因が関与する 13。これらのストレス要因は、ストレスの増加にも減少にも影響し、特に要配慮者(高齢者、女性、低学歴者など)に犠牲が集中しやすく、被害の格差が生じる 13。これは途上国だけでなく先進国でもみられる現象である 13

2.2. 被災地の人口動態変化とコミュニティ再構築

東日本大震災、特に福島第一原子力発電所事故は、一時期16万人もの避難者を生み、その影響は長期にわたっている 14。避難指示が解除された後も、避難生活の長期化により避難先で定住生活を送る住民が増え、特に若年層の帰還が滞りがちとなった 14。これは、被災地における高齢化の加速と若年層の流出という人口動態の変化を招いた。

一方で、震災後10年目を迎えた頃から、福島県内外からの移住者が増え始め、新しいコミュニティ創生の動きが起こり始めた点は、他の自然災害被災地の復興プロセスとは異なる福島県の特殊性を示している 14

福島県を事例とした移住者の特徴と課題 福島県への移住者の特徴と課題に関する調査結果は以下の通りである 14

  • 人口動態: 震災後、福島県への県外からの転入者数は、震災前の減少傾向が緩和され、特に男性の転入者は増加している 14。2023年10月時点で、現住人口の20.4%が震災後の移住者と推測され 14、避難地域12市町村では、2020年頃から移住者の割合が急増している自治体もある 14
  • 属性: 移住者は男性が圧倒的に多く(約77.4%)、年齢が比較的若い(平均48.98歳)、そしてひとり暮らしが多い傾向がある 14
  • 移住理由: 仕事関係(転勤36.9%、転職24.1%、就職22.3%)が主な移住理由となっている 14
  • メンタルヘルス: 移住者のうつ病や不安症のハイリスク割合は7.6%と、帰還者(6.8%)よりも高く、全国平均(3%)と比較してかなり高い水準にある 14。放射線被ばくへの不安、帰還住民との馴染みのなさ、ケア資源の不十分さなどがその要因として挙げられる 14
  • 生活環境の認識とニーズ: 移住者は現在の居住地域の住みやすさを低く認識しており、特に交通や情報基盤の整備に不十分さを感じている 14。医療機関の拡充(76.8%)や商業施設の充実(79.0%)へのニーズが高い 14
  • 女性移住者の課題: 再就職の困難さ(長く働く意思がないと疑われる)、子育てと仕事の両立の難しさ、教育・養育環境への将来不安、地域コミュニティ内での孤立などが指摘された 14

新しいコミュニティ創生への示唆 地域のハードインフラや震災前のコミュニティ文化が大きく損なわれた被災地への移住は、「フロンティア型移住」と呼ばれ、移住者がコミュニティ再建の重要な担い手となる可能性がある 14。移住者は移住元のコミュニティとのつながりを維持することがウェルビーイングのために重要であり、移住先コミュニティへの順応を性急に促すべきではないとされる 14。地域は移住者の転出をネガティブに捉えず、温かく送り出す雰囲気も大切である 14

また、長期的な定住人口でも短期的な交流人口でもない、地域や地域の人々と多様に関わる「関係人口」の概念は、コミュニティ創生に有用であり、移住者の流動性を関係人口拡大の可能性として捉えることが重要である 14。地域のソーシャル・キャピタル充実や孤立予防のためには、学校や職場以外に、図書館、公民館、カフェ、居酒屋、入浴施設といった人々が集える「サード・プレイス」の整備が不可欠である 14

3. 長期的な課題と支援体制

3.1. 災害時精神保健医療ガイドラインと支援活動

日本は世界有数の自然災害大国であり、その経験に基づき多くの災害時精神保健医療ガイドラインが作成されてきた 15。阪神・淡路大震災(1995年)を契機に精神保健医療対応が本格化したものの、初期には専門家間で介入方法の意見の相違があった 15。例えば、初期に用いられた「心理的デブリーフィング」はPTSD予防に効果がないことが後に判明している 15

現在の災害時精神保健医療活動は、地域住民の精神健康を高め、ストレスと心的トラウマを減少させるアウトリーチ活動や心理教育、そして個別の精神疾患に対する予防・早期発見・治療のための活動(スクリーニングなど)に大別される 15。被災地の精神保健医療リソースの補填、復興、強化を軸とし、地域精神保健従事者(特に保健師)が中心的な役割を担う 15

災害時のアセスメントは、医療的アセスメントと被災状況把握のためのアセスメントに大別され、災害のタイプ、コミュニティの被災状況と背景情報の収集が重要である 15。迅速アセスメントや全体アセスメント、子供のPTSDアセスメント、要支援者のスクリーニングに「見守り必要性チェックリスト」などが用いられる 15。初期対応としては、発災直後から数日間の「直後期」や発災から数日~数か月程度の「急性期」が設定され、「サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)」が推奨されている 15。スクリーニングの実施時期に関しては、トラウマ暴露後1~4週間の評価がPTSD移行予測に正確であるため、災害直後ではなく延期すべきであり、遅れて発症するPTSD症例を見逃さないためのモニタリングが重要である 15

3.2. 継続的な支援と地域連携の重要性

震度6以上の地震がコミュニティと住民に与える影響は多岐にわたり、社会構造の変化、長期にわたる避難生活の課題、深刻なメンタルヘルス問題、そして人口動態の変化(特に高齢化と若年層の流出、新たな移住者の流入)が顕著である。特に、福島の事例では、帰還者と移住者が共生する新たなコミュニティ創生のプロセスが進行しており、移住者のメンタルヘルス支援や地域への定着を促すためのインフラ整備、社会関係資本の構築が急務となっている 14

災害からの回復は長期にわたり、地域コミュニティ内外での連携強化、多様なニーズに対応したきめ細やかな支援、そして防災・減災教育の普及が継続的に求められる。災害時における倫理的な側面から効果的な治療・支援に関する研究を行うことは困難な状況も多いが、被災者の長期的なウェルビーイングを確保するためには、学術的知見と現場のニーズを統合した、柔軟かつ持続可能な支援体制の構築が不可欠である。

日本の震度6以上の地震に対する防災・減災対策の現状と課題

2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震では、マグニチュード7.6、最大震度7という大規模な地震により、多数の死者・負傷者、そして甚大な住家被害が発生しました 16。特に能登半島の地形的特徴から、交通網の寸断による最大33か所の孤立地区の発生、情報通信インフラの広範な被害、そして偽・誤情報の拡散といった課題が浮き彫りになりました 16。この震災は、日本の震度6以上の地震に対する防災・減災対策の現状と、今後の改善に向けた喫緊の課題を明確に示しています。

1. 防災・減災対策の現状

1.1. 耐震基準と建築物

大規模地震における人的被害を軽減するため、住宅の耐震化は重要な対策です。能登半島地震では旧耐震基準の木造建築物の約2割が倒壊したことが報告されており、特に1階部分で潰れる被害が多発しました 17。これを受け、和歌山県では高齢者世帯に合わせた耐震化事業を拡充し、補助限度額の増額や1階部分のみの部分改修も補助対象に含めることで、耐震化促進を図っています 17

1.2. 津波対策

津波による危険が切迫した状況において、住民が緊急に避難する施設として「指定緊急避難場所」が市町村長により指定されています。地震の災害種別では全国で85,901か所が指定されており、想定収容人数は2387.2万人です 18。和歌山県では、津波避難困難地域からの移転を対象とした除却補助制度の拡充を実施し、地域ごとの特性に応じた対策を進めています 17

1.3. 土砂災害対策

土砂災害に関しても、危険が切迫した場合の緊急避難場所として、全国で66,671か所が指定されています 18。和歌山県では、能登半島地震での土砂災害による道路寸断の教訓から、「半島防災」の観点での道路ネットワーク強化、橋梁の耐震化、法面対策を推進しています 17

1.4. ハザードマップの作成と活用状況

ハザード情報の活用を通じた避難場所の情報提供が進められています。指定緊急避難場所は、国土地理院が管理するウェブ地図「地理院地図」で閲覧可能であり、災害の種類ごとに指定緊急避難場所を指定する際の案内板表示については「災害種別避難誘導標識システム(JIS Z 9098)」が制定され、住民が明確に判断できるよう工夫されています 18

1.5. 早期警戒システム

地震動に関する直接的な早期警戒システム(例:緊急地震速報)に関する詳細な記述は、情報通信白書や防災白書には見られませんが、防災×テクノロジーの取り組みとして、河川の水位予測システムなど、災害リスク情報の早期提供に関する技術開発が進められています 18

1.6. 自治体・住民レベルでの取り組み

  • 事業継続計画(BCP): 大企業・中堅企業ではBCP策定が不可欠とされており、内閣府は簡易パンフレットや事例集を作成し普及啓発を促進しています 18。和歌山県では、道の駅のBCP策定ガイドラインを作成し、県管理道路との一体型道の駅5か所で2025年3月までに道の駅BCPを策定する予定であり、市町村単独型など20か所の道の駅BCPについても策定を目指しています 17
  • 指定緊急避難場所と指定避難所: 東日本大震災の教訓から、2013年の災害対策基本法改正により、市町村長は両者を明確に区別して指定・公示することが義務付けられました 18。指定避難所の数は2014年の48,014ヶ所から2022年には82,184ヶ所に増加し、感染症対策や生活環境改善、要配慮者支援体制に関する取組指針も改定・公表され、質向上を図っています 18
  • 個別避難計画: 避難行動要支援者については、個別避難計画の作成が市町村の努力義務となり(2021年5月施行)、内閣府は優先度の高い対象者についておおむね5年程度での計画作成を目指しています 18。モデル事業やピアサポート、地方交付税措置により、全国的な作成推進が図られています 18
  • 防災訓練・備蓄体制: 和歌山県では、県民に対し1週間程度の食料品や携帯トイレなどの備蓄を呼びかけるとともに、避難所における簡易ベッドやパーティションの有効性を住民に周知し、住民参加型の設置訓練を促しています 17。また、災害時活用井戸の整備や広域物資輸送拠点運営訓練、避難所運営リーダー育成講座を通じて、住民と連携した防災体制を強化しています 17
  • デジタル技術の活用: 内閣府は「防災×テクノロジー官民連携プラットフォーム」を設置し、地方公共団体の防災課題と民間企業の先進技術のマッチングを推進しています 18。大規模災害時に活用されるISUT(情報集約支援チーム)は、能登半島地震でも活用され、2024年度には地方公共団体等も利用対象とする次期総合防災情報システム(SOBO-WEB)やクラウド型被災者支援システムが運用開始予定です 18。和歌山県も災害対応進捗管理システム導入、スターリンクによる衛星通信環境整備、ドローンによる航路水深計測機器配備を計画しています 17
  • 学術界との連携: 東日本大震災後、専門分野を超えた学際連携の必要性が認識され、2016年には「防災学術連携体」が発足し、現在62学協会が参加して研究推進や成果共有を行っています 18
  • 民間企業との連携: 2018年には「防災経済コンソーシアム」が設立され、防災リスクマネジメント力向上に向けた普及啓発が行われています 18。また、2023年には内閣府と民間企業等が連携し、国民の防災意識向上を図る「災害への備え」コラボレーション事業が実施され、124の企業が賛同しています 18

2. 具体的な課題

能登半島地震の教訓を踏まえ、現在の防災・減災対策には以下の具体的な課題が挙げられます。

2.1. 情報伝達

  • 通信インフラの脆弱性: 能登半島地震では、固定通信や携帯電話等に大規模な被害が生じ、通信回線の途絶や停電による情報通信機器の利用不能が発生しました 16
  • 偽・誤情報の拡散: SNSの活用が進む一方で、偽・誤情報の流通・拡散が課題として浮上し、情報の信頼性確保が求められています 16
  • 情報空白地域: 和歌山県では、通信環境が断絶した場合、情報連絡員や災害時緊急支援要員がリアルタイムで情報収集・報告を行うことが困難であることが指摘されています 17
  • 観光客・外国人への情報提供: 災害時に観光客や外国人観光客が必要な避難場所などの情報を迅速に得ることが困難であったという課題が浮き彫りになりました 17

2.2. 高齢者・要配慮者支援

  • 意思決定プロセスへの参画不足: 都道府県防災会議における女性委員の割合は21.8%、市町村では10.8%に留まっており(2023年時点)、多様な視点が十分に反映されていない状況です 18
  • 住宅の耐震化の遅れ: 高齢者世帯が多い地域では、住宅の耐震化率が相対的に低い傾向にあり、大規模地震時に倒壊リスクが高いという課題があります 17
  • 避難所外避難者への対応不足: 在宅避難者や車中泊避難者といった避難所外の被災者への物資提供が不十分であったことが指摘されています 17
  • 福祉避難所の機能不全: 福祉避難所の設置が遅れたり、障害のある人が指定避難所での集団生活に困難を抱えたりする事例がありました 17
  • ペット同行避難への対応: 避難所でペットを連れてきた避難者の受け入れが拒否されるなど、ペット同行避難に関する体制が不十分な地域があります 17

2.3. インフラの脆弱性

  • 交通インフラの寸断: 能登半島地震では、土砂災害や液状化による道路の寸断が救援・復旧活動の大きな障害となりました 16
  • 港湾機能の喪失: 港湾で最大4mもの隆起が発生し、接岸が困難になったことで、船舶による物資輸送や人道支援に支障が生じました 17
  • 上下水道の被害: 地盤変状により、上下水道施設や管路に被害が発生し、給水停止や下水管路の破損が長期化する課題があります 17

2.4. 災害対応体制の強化

  • 初動対応の遅れ: 和歌山県では、災害対応の進捗状況の把握や管理ができていなかったことや、首長への適切な助言ができる職員の不足から、初動段階で適切な人員配置や意思決定が困難となるリスクが指摘されています 17
  • 応援・受援体制の課題: 応援職員の宿泊場所不足、専門性を有するNPOボランティア団体との連携不足、航空機による支援の受入れ困難といった課題が浮上しました 17
  • 専門人材の不足: 災害医療調整本部を統括する医療関係者が限定されており、長期的な対応や代替が困難であること、また災害薬事コーディネーターなど専門職の養成が不十分です 17
  • 物資受け入れ体制: 災害発生後の大量の支援物資に対し、県職員だけでは受け入れ体制が不十分であったという課題もあります 17

2.5. 人権への配慮と避難所環境

  • 避難所の劣悪な環境: 避難生活が長期化する中で、生活用水の確保、トイレ・入浴環境の不備、ベッドや暖房対策の不足、温かく栄養バランスの取れた食事の不足などが課題となりました 17
  • 人権侵害リスク: プライバシーの確保、衛生環境の悪化、女性・こどもの安全確保(DVや性犯罪の発生防止)、情報伝達の困難、性別役割分担の固定化など、避難所における人権への配慮が不足する可能性が指摘されています 17
  • 災害関連死への対応不足: 避難所における健康管理の不備や保健師の災害対応力不足が、災害関連死のリスクを高めます 17
  • 犠牲者の尊厳: 災害時に多数の死者が発生した場合、検案医の不足、遺体安置所の未選定、検案に必要な装備品の不足など、犠牲者の尊厳を保つための体制が不十分です 17

2.6. 被災者支援の効率化

  • デジタルシステムの未導入: 多くの市町村で被災者支援システム(住家被害認定調査、罹災証明、被災者台帳管理など)の導入が進んでおらず、災害発生時に紙ベースでの処理や手作業に頼らざるを得ない状況です 17
  • 公費解体体制の不備: 市町村において、被災建物の公費解体を円滑に進めるための事前の体制や要綱が整備されていない場合が多いです 17

3. 改善策の分析

上記の課題を踏まえ、以下の改善策が進められています。

3.1. 耐震化の推進

和歌山県は、住宅の耐震化補助制度を拡充し、高齢者世帯のニーズに応じた制度設計を行うことで、特に脆弱な地域の耐震化を促進しています 17。また、「半島防災」の観点から道路ネットワークの強化、橋梁の耐震化、斜面対策を推進し、土砂災害による交通寸断リスクの低減を図っています 17

3.2. 避難体制・避難所環境の改善

災害時要配慮者の避難の実効性を高めるため、福祉避難所設置の遅れに対応すべく、1.5次避難所の必要性や支援体制の検討が推進されています 17。避難所環境については、トイレカーの相互応援体制構築、衛生的なトイレ使用ガイドライン作成、キッチンコンテナ導入による温かい食事提供など、生活環境の質向上に向けた具体的な取り組みが進められています 17。避難所でのプライバシー確保のためのパーティションや簡易ベッドの備蓄を促進し、住民参加型の訓練が推奨されています 17。内閣府は「被災者支援のあり方検討会」を設置し、避難生活の環境改善や災害ケースマネジメントの推進に取り組んでいます 18

3.3. 多様な主体との連携強化

内閣府は「防災経済コンソーシアム」や「災害への備え」コラボレーション事業を通じて民間企業との連携を深め、「防災学術連携体」を通じて学術界との連携も強化し、社会全体の防災力向上を図っています 18。和歌山県は、災害中間支援組織の設置を進め、専門性を有するNPO・ボランティア団体との連携を強化することで、きめ細やかな支援体制を構築しようとしています 17。国と地方公共団体間では、自然災害即応・連携チーム会議や被災者生活・生業再建支援チームの設置により、迅速かつ的確な連携と役割分担がルール化され、災害対応能力の向上が図られています 18

3.4. デジタル技術の活用推進

「防災×テクノロジー官民連携プラットフォーム」によるニーズと技術のマッチング、ISUTによる動的情報の集約・地図化・共有、次期総合防災情報システム(SOBO-WEB)の機能強化と利用対象拡大は、災害時の情報共有と意思決定の迅速化に大きく貢献します 18。防災IoTの活用として、各種カメラやドローン等によるIoTデータの取得・共有に関する技術的標準手法の整理とシステム構築を進め、災害現場の状況把握の精度と速度を向上させます 18。クラウド型被災者支援システムの導入により、被災者支援業務を効率化し、行政職員の負担軽減と被災者への迅速なサービス提供を実現します 18

3.5. 人材育成と行政能力強化

内閣府が実施する「防災スペシャリスト養成研修」等により、地方公共団体の首長や職員の防災に関する知識・経験を体系的に向上させています 18。和歌山県も、2030年度までに県職員30名以上、各市町村に1名以上の災害対応に知見を有する人材を育成する目標を掲げ、研修受講を促進しています 17。災害医療調整本部を統括できる医療関係者の不足に対応するため、災害医学講座の設置検討やローカルDMATの養成研修が継続的に実施され、災害医療体制の強化が図られています 17

3.6. 情報伝達の多角化と信頼性向上

通信インフラの被害を教訓に、携帯電話基地局や光ファイバの強靭化、非常時における事業者間ローミングの実現、衛星通信(スターリンク等)の利用拡大を推進し、通信途絶時でもリアルタイムでの情報共有を可能にすることで、災害時の情報空白地域を解消します 16。SNS等で拡散する偽・誤情報への対策も今後の課題として挙げられています 16。また、観光客や外国人観光客に対し、旅行前・旅行中に避難に必要な情報を多言語で提供する方策を検討し、災害弱者への情報伝達を強化します 17

日本の防災・減災対策は、能登半島地震で明らかになった多岐にわたる課題を踏まえ、耐震化、避難体制、情報通信、人材育成、多主体連携など多角的なアプローチで改善が進められています。これらの取り組みが連携し、着実に実行されることで、より災害に強い社会の実現が期待されます。

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